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東京簡易裁判所 昭和44年(ハ)1913号 判決 1970年6月04日

原告 村瀬善左衛門

被告 国

訴訟代理人 叶和夫 外一名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めている裁判

一、原告の求めている裁判

「被告は、原告に対し、原告の占有に係る別紙物件目録記載の不動産につき、原告がその所有者たることを確認し、同物件につき所有権移転登記手続をせよ、訴訟費用は、被告の負担とする」

との判決

二、被告の求めている裁判

(1)本案前の申立

「本件訴を却下する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決

(2)本案に対する申立「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決

第二、原告主張の請求原因

一、本件の山林、畑地等の所有権取得の事情

訴外亡村瀬善三郎は明治三三年七月訴外亡村瀬富三郎に対し、分家料として別紙物件目録記載の山林、畑地等を贈与し、即日所有権移転登記手続を了したが、右村瀬富三郎は、大正九年一二月二二日死亡し、その際妻は既に離婚して他家に再婚し、子供もなかつたことから、家督を相続する者がなく、相続人昿欠の状態となつた。右富三郎の死亡に除し、原告に対し、口頭を以て本件の山林、畑地等を贈与するとの遺言がなされたのであるが、而来五〇有余年の間、右山林、畑地等の公租、公課等を、原告が支払つて来ている。

原告は、右富三郎の遺産につき、右の如き事情により、所有の意思を以て平穏且つ公然に本件の山林、畑地等を二〇年以上占有しているのであるから、民法第一六二条第一項により、その所有権を時効により取得したことになる。

二、農地改革に際し、国による買収の対象とならなかつた理由右「一」において述べた事情は、岐阜市日野町の農業協同組合、農業委員会、地区農地委員会も承知しているところであつたので、昭和二二年法律第二四一号自作農創設特別措置法により、一旦国において買収して然る後に更に売渡す手続をとるべきところを、地区農地委員会により、その必要がないとされたものである。

三、結論

よつて、原告は、被告に対して、本件の山地、畑地等に対する原告の所有権の確認を求めると共に、原告に対してその所有権の移転登紀手続きの履行を求めるため、本訴に及ぶ。

第三、原告の主張に対する被告の答弁

一、本案前の被告の主張

(1)本件山林、畑地等の所有権が国庫に帰属していない事情

原告は、本件土地が相続人昿欠により、国庫に帰属したことを前提として、本訴を提起したものの如くであるが、仮に、本件の山林、畑地等が、嘗つて訴外亡村瀬富三郎の所有であり、同人が法定推定家督相続人がなくして死亡したとしても、直ちに、その所有権が国庫に帰属する理由がない。

即ち、本件の如く、旧民法(明治三一年法律第九号)施行当時に、戸主が法定推定家督相続人なしに死亡し、指定又は漸定家督相続人選任の手続を了していなかつたとすれば、それは新民法(昭和二二年法律第二二二号)施行法第二五条(註、附則第二五条の意味)による相続となる筋合である。而して、新民法によれば、相続財産が国庫に帰属するのは、民法第九五二条乃至第九五八条の三の手続を了した後、なお処分されない財産がある場合のみに限られ、本件の如く、かかる手続を了していない相続財産については、それが国庫に帰属する理由がないというべきである。

(2)本件の山林、畑地等が国庫に帰属している場合にとらるべき措置

仮に、本件の山林、畑地等が、相続人昿欠により、国庫に帰属しているとするならば、現行法によれば、普通財産として取扱われ、その処理手続としては、相続財産管理人から、その財産の所在地を管轄する財務局長等へ引継がれ、その引継ぎに当つては、現地に立会のうえ、財産を確認するとともに、当該財産の所在地等を記入した引継書の授受が行なわれ、又、引継財産は直ちに国有財産台帳に登載して、財産の所在地を管管轄する財務局長等が、それをそれぞれ普通財産として管理することになる。(国有財産法第六条、第九条第二項)本件の場合、訴外村瀬富三郎死亡当時の法律によつても、ほぼ同様の取扱いがなされていたのであるが、本件の山林、畑地等について国有財産台帳に登載された事実は存しない。そのことは、本件山林、畑地等について、相続人昿欠による国庫帰属の手続がとられておらず、未だ国庫に帰属していないことを意味するものに外ならない。

(3)結論

よつて、国を被告として提起された本訴請求のうち、本件山林、畑地等の所有権の確認を求める訴は、確認の利益を欠く不適法なものとして、却下せらるべきものであり、又、被告国が登記簿上、本件山林、畑地等の所有名義人になつていないので、国を被告として原告に対しその所有権移転登記手続の履行を求める訴も許されない。

二、本案に対する被告の主張

<省略>

理由

第一、相続人昿欠の場合にとらるべき法的措置

仮に、原告の主張するように、訴外亡村瀬富三郎が大正九年一二月二二日に、法定の推定家督相続人なしに死亡していることが、事実としても、旧民法に基づき、指定又は選定家督相続人選任の手続がなされておらないこと、又、新民法施行の今日迄、民法第四編第五編附則第二五条(昭和二二年法律第二二二号)により、相続人昿欠の場合に処する民法第九五一条以下の手続がとられていないことを、原告はこれを争わずに認めているのであり、而して、右の手続を経ない以上、本件の山林、畑地等の所有権が、国庫に帰属するということはあり得ないことであり、事実、国有財産台帳に登載された事実のないことも、原告が争つていないのであるから、現在の時点において、国有であることを主張していない被告を相手に本件の山林、畑地等が原告の所有であることの確認を求める本訴請求は、被告の当事者適格を欠き、意味をなさず、問題解決の利益を有しないものといわなければならない。

第二、本件山林、畑地等についての登記簿上の権利者の表示

本件山林、畑地等については、登記簿上、今なお、訴外亡村瀬富三郎が、その所有者として表示されており、被告である国に対して所有権移転登記がなされているわけでないことについては、当事者間に争いがないのであり、換言すれば、登記簿上、被告の国が所有権者として表示されていないことについて、当事者間に争いがないのであるから、その被告に対して、原告に対する本件山林、畑地等の所有権移転登記手続を求める本訴請求は、法律上不能を強いるものであつて、凡そ意味がないものといわなければならない。

第三、結論

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、問題の実体につき判断するまでもなく、訴の利益を欠く不適法な起訴と認めてこれを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺岡健次郎)

物件目録<省略>

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